2011年05月30日

東日本大震災のボランティアを通して感じたこと

僕が1コマ授業を担当している大学では、ほぼ毎週、学生ボランティアを20名ずつ東日本大震災の被災地に派遣しています。これは本当にすごい取り組みだと思います。こんな大学、そんなにないでしょう。

木曜日の夜にバスで出発して、金曜日の朝に到着、金曜日と土曜日に活動をして、土曜日の夜に現地を出発、日曜日の朝に帰ってくるというスケジュールです。

その取り組みに引率教員として参加を依頼されました。本来、大学にとっては外部の人間で非常勤講師である僕が行くべきではないのでしょうが、僕自身、被災地のために何か役に立ちたいと思っていたので引き受けさせてもらいました。そして、5月26日〜5月29日、宮城県の名取市と石巻市に引率教員として、学生20名、引率職員1名と共に行ってきました。

ゴールデンウィーク以降、被災地ではボランティアの数が減っているそうです。テレビではバラエティ番組が当たり前に放送されており、ニュースの中心は原発問題や内閣の対応が中心。世間の被災地への関心が薄れてきているのが事実ではないでしょうか。

そんな危機感から、やはり被災地に行った人間の1人として、活動の報告や被災地の現状を記して、こんなブログからではありますが情報を発信しよう、そういう使命感から今日の記事を書きます。



<27日 名取市>
27日は名取市で活動をしました。名取市のボランティアセンターではコーディネートが進んでいるようで、そこに行ってボランティア登録をすれば活動場所を紹介してくれて、活動することができるようです。活動場所は地域のニーズによります。ボランティアを要望する地域の被災者たちがボランティアセンターに依頼をします。その依頼に基づいて、ボランティアセンターがボランティアを振り分けているようです。

この日は、図書館の整理と、とある民家周りの泥かきの活動が割り当てられました。私は泥かき班に加わりました。

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この写真はその民家の周りです。ひび割れているのが泥です。津波からだいぶ日が経っていることと、直近で雨も少なかったのでしょう。泥がこのように乾いています。

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民家周りの泥かきの様子。右の塀に白い線があるのが分かるでしょうか。その位置まで水が来たそうです。

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民家の庭です。私も学生と共に泥かきに参加しました。

津波被害から2ヵ月半経って、名取市では泥かきの依頼が増えてきているようなのです。推測ですが、最初は人の手を借りずに自分たちで何とかと思うのでしょうが、途方もない作業に力尽きて、この時期になってボランティアを依頼する人が増えているのではないかと考えられています。活動させていただいた民家は診療所が併設されていました。診療所はとてもきれいで、被害なんてなかったのではないかと思われるくらいでしたが、おそらく、何とか診療所を再開しようとまずは診療所を優先して必死に泥かきをされてきれいにされたのでしょう。しかし、肝心の家や庭、その周りは手付かずの状態で泥にまみれていました。

この日は私を含めて15名で泥かきに当たりましたが、この民家の泥かきを終了させることができませんでした。このような家がまだまだ残っているでしょうし、外を見渡すと広大な田んぼや畑が泥に覆われた状態で、手付かずの状況で残っています。この泥を撤去して、農業を再開することができるのは、いつになるのだろうと思いました。人手が圧倒的に足りていません。



<28日 石巻市>
28日は石巻市で活動を行いました。5月29日現在、石巻市では3040名が死亡、2770名が行方不明、避難者数は7368名となっており、今回の東日本大震災で最も被害の大きかった地域の1つです。この日は約500名の避難者が暮らす避難所で炊き出し(お好み焼き、ポップコーン、綿菓子)と足湯、子供との遊びの活動を行いました。炊き出しと言っても、この避難所の近くには大きなスーパーやホームセンター、100円ショップもありますし、食料や物資も定期的に届けられています。ですので食料不足を補うという目的よりかは、これらの活動を通して避難所の方々とお話をしたりふれ合ったりする、ということが目的でした。

避難所がある地域は津波の被害がなかったので、電気、水道もあり、お風呂や食料配給など、最低限のものは揃っています。ただ500名はやはりとても多く、通路で寝泊まりしている方々もおられました。当然、プライバシーなどは守られていないと思われます。

避難者の中には家族全員を失った方、友人を全部失くした方など、壮絶な経験をされた方もおられました。気丈に明るく振る舞っておられましたが、これからの人生をどう生きていっていいか分からないとおっしゃる方もおられました。

また、話には聞いていましたが、子供たちが想像以上に暴力的でした。モノを取ったりからかったり、言葉も荒かったです。まあ子供のすることなのでかわいいものではありますが、でも学生たちも子供たちへの対応が最も難しかったと後の振り返りで話していました。地震や津波で家族や友達を失くした子供もいっぱいいるでしょうし、そしてあの避難所生活です。様々なストレスを抱えて精神的にも厳しい状態になっているのではないかと思われます。何らかのケアが必要なのでしょうが、我々のように単発で行くボランティアでは解決は難しい問題かもしれません。長期的視点に立った支援・ケアが必要なのではないかという意見が、学生たちからも出ました。


避難所での活動の途中、3班に分かれて、被害の大きかった沿岸部を訪れました。学生たちに実際の被災の現場を見てもらい、今後の継続的なボランティアへの参加の気持ちを強くしてもらうことが目的でした。

沿岸部は避難所から車で20分ほどのところでした。テレビで何度も見た光景が目の前に広がっていました。悪臭も非常にきつかったです。

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現場は、道路だけとりあえず通れるようになっていましたが、がれきはそのままでした。自衛隊も入って活動していましたが、途方もない状況でした。遺体もまだ見つかっているのだそうです。ここに人が再び住むようになるのはいつのことになるのでしょうか。


非難所でのボランティアは、ポップコーン機が壊れたり、足湯のお湯を沸かすのに時間がかかり待たせてしまったりと不手際も多く、これは引率としての反省点ですが、帰り際に「本当に来てくれてありがとう」と涙を流しながらおっしゃっていただいた方もいました。ささいな活動でしたし、それで何かを変えることはできませんが、困っている人がいたら手を差し伸べるのは当たり前のことだと思います。こういう当たり前のことを、少しずつでも継続できればいいと思いました。その積み重ねが、被災者の方々の力に、勇気になっていくのではないかと思いました。
posted by まっつん at 23:55| Comment(2) | ボランティア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
始めまして。突然のコメントで失礼いたします。坂東望未と申します。
モトスグループに時々顔を出すモノで、その紹介でこちらのブログを教えていただきました。
私も三日間だけですが、GWに東北へ行ってきました。
ほんとに何から手を付けたらいいのか、途方に暮れる状況でしたか、一人一人が少しでも自分のできることをすれば、着実に復興に近づいているんですよね。
そういった思いを忘れないように。こちらのブログを見せていただき、また改めて再確認させていただく機会となりました。
ありがとうございます!
ありがとうございました!
Posted by 坂東 at 2011年06月01日 10:56
坂東さん、はじめまして。松田と申します。コメントありがとうございます。
坂東さんも東北へ行かれたのですね。たぶん、その頃と先週とでは、状況はそれほど変わっていないのではないかと思います。
私は引率という立場でしたが、現場に行けて、テレビで見る以上に事の重大さに気付かされました。
また機会があれば絶対に行きたいですし、少しずつ自分のできることをしていきたいと思いました。
私も、ここ半年ほど前からですが、モトスの集まりに参加させてもらっています。またどこかでお会いした時にはよろしくお願いします。
Posted by まっつん at 2011年06月01日 22:21
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