2009年12月31日

2009年を振り返る(Évènement de l’année 2009)

2009年も残すところあとわずか。今年も様々なことがあった1年でした。協力隊の派遣2年間のうち、7ヶ月目から18ヶ月目というちょうど真ん中をすごして、ずーっと海外という1年でした。カメルーンでの不安がじょじょになくなってきて、生活も活動も満喫できるようになってきたそんな1年。ということでその2009年を振り返ってみようと思います。


<1月 カメルーン山登山>
年越し、初日の出はカメルーン山でした。隊員7名で臨んだ標高4095mのカメルーン山登山。景色の美しさに感動しました。今のところ、カメルーンのお勧め観光地のNo.1です。

<2月 カメルーン山マラソン>
高低差3000m、気温差30度、全長42km。2月21日、世界屈指の山岳レースであるカメルーン山マラソンに参加しました。結果は7時間49分、163位で完走。
しかしこの大会はものすごかったです。半端じゃありませんでした。僕が出た中で一番過酷なレースでした。そして今思っても、本当によく完走できたなと自分でも感心します。

<3月 ケニア研修>
8日〜15日、ケニアにてPCMの研修がありました。東、南アフリカの国々から村落開発普及員などの職種の人たちが集まっての研修。研修自体すごく中身が濃かったと共に、僕にとってはカメルーン生活9ヶ月目にして初のカメルーン脱出。ケニアの首都ナイロビは都会で、日本食などをたらふく楽しみました。そして各国の隊員との交流も楽しかったです。

<4月 ンゴロへ引越>
電気・水道・携帯電波のないキャンプ場のような場所から、郡の中心の村へ引越したのが4月。結構のほほんとしていて、精神的なストレスに相当強いであろう僕ですが、今思い返しても、ほとんど電気が使えず、配属先との共同生活だったキャンプ場生活は、精神的にかなりこたえていたみたいです。
そのキャンプ場生活から、公共の電気や携帯の電波は相変わらずないものの、夜に発電機が4時間ほどつくンゴロでのホテル生活へ。ホテルの人たちもいい人たちで、生活はだいぶ楽しくなりました。

<6月 マラリア>
これはかなり苦しかったです。僕の感覚ではインフルエンザの3倍はしんどいです。引越先のンゴロには蚊が多かったという事実に加えて、仕事場まで往復40キロの道のりを自転車で往復などしたりして、体力的にも無理をしたのがいけなかったのでしょう。健康であることの大切さを痛感しました。

<7月 原爆展>
1日〜5日まで、他の隊員が主催した首都ヤウンデでの原爆展をみんなで手伝いました。普段は個別で活動しているけど、こうしてみんなで協力して何か1つのことを成し遂げるというのはやりがいもあり楽しいことでした。また色んなカメルーン人に会えたし、本当にいい経験でした。

<9月 任地変更>
今年最大の出来事はこれ。任地変更とはただ単なる引越ではなくて、住む場所も配属先も変わるということです。
任地変更になった引き金は8月に予定していたセミナーをめぐっての意見の対立ですが、その前から、もう昨年の12月ぐらいから配属先との間にずっとわだかまりがありました。
カメルーンに来てから1年3ヶ月目での決断。2年間を丸々使っても結果を残すことは難しいと言われている協力隊の活動なのに、残り任期は9ヶ月。たった9ヶ月でゼロからスタートするというのはかなりの賭けだったけど、思い切って任地変更しました。
結果は良かったのか悪かったのか。たぶん、協力隊の2年間が終わってみないと分からないけど、今の任地・配属先はボランティアにすごく理解があって、自分のやりたい活動を自由にやらせてもらっている感じがします。前のところでは常に悶々としていたのが、今のところでは楽しく充実した気分でいます。
ただ、前の配属先にとっては初めて受け入れる日本人のボランティアが僕で、JICAがどんなところか、協力隊が何かとか、何も分からなかったと思います。だから、僕をどうやって扱ったらいいか分からなかっただろうし、また活動地でも、2005年に組織したばかりの団体だったので、どうやって活動していったらいいか配属先自体も模索中だったと思います。
一方の僕も、元々要請内容があいまいだったということもあるけれど、とにかく何をしたらいいのか全く分からない状態でカメルーンに来たし、協力隊派遣の始まったばかりのカメルーンでは僕ら20年度1次隊とその3ヶ月前に派遣された19年度4次隊の世代が村落開発普及員の初代世代。だからどうやって活動していったらいいのか、よく分からない状態がしばらく続いていて、配属先同様、僕も活動スタイルを模索していました。
そんな状態だったので、前の配属先からしてみれば、僕はすごく頼りなく見えたと思います。すごく真面目な団体だっただけに、もっと僕に経験と自信があれば、結果は違ったであろうし、前の配属先のためにもっと貢献できたのではないかと思っています。

<10月 セネガル任国外旅行>
セネガルに行きました。セネガルには駒ヶ根訓練所時代のクラスメートが3人もいるのです。任地変更したばかりだったので、10日弱しか行けなかったけど、すごくいい旅で、気持ちもリフレッシュできました。また同じアフリカでもカメルーンとは違う面もあり、新しい発見もありました。

という1年でした。目標だったカメルーン山マラソンを完走し、真ん中で大病をしたけど、3月と10月に海外に行ってちょうどいいタイミングでリフレッシュもできました。そして、任地変更後の活動も充実しています。



2010年はどんな年になるのか。あと半年でカメルーンでの任期が終了。まずは1つでも多くのことをカメルーンに残したいです。
そして帰国後の半年。協力隊の生活は日本よりも大変だけど、ある意味身分的には守られています。けどこれが終わると僕はニート(この言葉、もう時代遅れ?)になるわけです。これから先の行き方を模索していかねばなりません。
でも人生をどう進んで行こうかと考えるとワクワクしますね。日本は大不況らしいけど、自分らしく進んでいきたいです。
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2009年12月28日

卓球大会 et 隊員総会(Ping-pong et Réunion générale des volontaires)

昨日の27日は卓球大会 à la JICA。隊員総会前日ということで、ほとんどの隊員が参加して行われました。大使館からも来てくれました。カメルーンでは、隊員主催で定期的に卓球大会をしています。

そして今日は隊員総会。隊員総会は年に2回。各隊員の活動報告や隊員間での協議、隊員と事務所の協議など様々。まあ1日がかりなので疲れました。

それにしても体調がいまいち。夏バテ気味であまり食欲がないのが続いているし、24日25日は2日連続で飲んで、しかも2日ともいつも飲める量の半分程度でダウン。疲れがたまっているのでしょうか。明日は2年間の派遣中に2回ある健康診断の2回目。そしてこのまま年末年始は首都でのんびりしようと思っているので、ゆっくり休養したいと思います。
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2009年12月26日

仕事納め(Terminer mon travail cette année)

僕の任地での活動も今年は今日が最後。今年の最後は、いつもマネージャー役をやってくれているよっちゃんのGICを訪問し、畑などを見学しました。

GIC訪問もこれで一区切りつきました。GIC訪問はある意味、一緒に働いてくれるパートナー探しのようなもの。すでに一緒に活動してくれている、あるいはこれから一緒に活動しそうなGICもいくつか見つかったし、来年、任期終了までの半年間は、彼らと一緒に活動していこうと思います。そしてできる限り多くのことを任地に残していきたいです。
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2009年12月25日

サプライズプレゼント(Cadeau surpris)

今日はノエル。村は思いっきりお祭りモード。しかし、ノエルはキリスト教徒にとっては神聖な日かと思っていたのですが、村人にとってはよくあるお祭りと一緒のようです。朝から飲んで、食べて、話して、そして踊っています。

そして僕は少し疲れてしまいました。僕は別にキリスト教徒ではないけど、こういうノエルのような神聖な日は、おいしい料理を作って、きれいな音楽を聴いて、読書でもしながら静かに過ごしたかったのです。これはおそらく、町で1人で住んでいれば可能かもしれないけど、村でルームシェアをしているという今の環境では不可能でした。

「ビール飲みに行こう!」「写真撮ってくれ!」「鳥を料理したけど食べないか?」などなどお誘いがいっぱい。さらに一緒に住んでいる憲兵が奥さん(ノエルなので2日前から来ている)とケンカしだして、二人で怒鳴りあいの末に奥さんは怒って首都に帰ったりして、穏やかで神聖な気分になんてなれやしません。「Laisser-moi tranquillement!!(そおっとしておいてくれ!)」と大声で叫びたかったけど、これがカメルーンの民族性なのであきらめました。カメルーンで厳かに神聖な気分で静かに時を過ごそうなんて、考えた僕がまちがいでした。

結局この日は、自分で料理をしたにも関わらず、それには手をつけずに計5食を1日で食べました。多くの人から「うちで食べろ」と誘われたのです。とてもありがたいことだけど、お腹がはち切れそうです。



さて、今日はノエルということで、プレゼントを用意していました。近所の子供たちにお菓子。そして僕のマネージャーのような役割をしてくれているマネージャーAにも。

彼は僕の家の向かいに住む人で、頼んでもいないのに、次から次へとGIC訪問の約束を取りつけてくれます。僕の受付窓口の役割をしてくれていて、そして訪問の際にも道案内役としてついてきてくれます。すごく優しい人です。

でも約束は二転三転するし、彼の都合で勝手に約束が変わるし、たまに忘れている時もあります。また結構強引なところもあるので、「なんでやねん!」と怒ったりすることもしばしば。そして超大酒飲み。活動に行く際には訪問先が飲み物を用意してくれるけど、彼は必ずビールをもらって飲み、帰りはいつも酔っ払っています。どうでもいい話だけど、僕の中でのあだ名はたこ焼き屋のよっちゃん。たこ焼きを焼いてそうな顔で、雰囲気がなんとなくよっちゃんなんです。

よっちゃんって感じでしょう?
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でも、よっちゃんがなんで僕のマネージャー役をしてくれているのか、ずっと疑問でした。配属先のCEACからアルバイト代みたいなのも出てないし、僕もお金を払っていません。僕と一緒に行動して、ビールなどのおこぼれをもらうためかとも考えましたが、ビールのためにそこまでするとも思えません。

「なんでここまでしてくれるの?」と聞いたことがあります。すると「君を一人で家に置いとけないだろ。出歩かなくちゃ」と言うのみ。なんで彼がここまでしてくれるのかはいまだに分からないけど、9月末に赴任してこんなにいっぱい働けたのも彼のおかげ。彼がいなければ遅々として活動は進んでいなかったでしょう。なんだかんだ言って僕も頼っています。

その彼にクリスマスプレゼントをあげようと思いました。何がいいかなと思っていると、農作業用の長靴が壊れたという話を聞きました。そして、さりげなく靴のサイズを聞き出して、先日、首都に行った際にこっそり買いました。

そしてクリスマスの今日、実は昼間は彼と一緒に行動していました。招待された5食のうちの1食は彼の家でだったし、「みんなが集まってお祭りしているところがある」と言われ一緒に出かけていました。そして日暮れ前に帰宅。「また明日ね」と言って別れた直後に、プレゼントを用意して彼の家へ。そしてプレゼントを渡しました。

彼にとっては本当にサプライズだったようで、「うぉ〜、俺はもう今夜死んでもいい〜」と喜び叫んで、何度も抱きついてきました。
こんなに喜んでくれるなんて。僕も本当に嬉しかったです。
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2009年12月24日

カメルーンでも12月は師走(Décembre est occupé même au Cameroun)

クリスマスイブの今日まで仕事。GICを訪問して、一緒に何かできるか話し合いをしました。僕、最近がんばっているような気がします。ただの自己満かもしれないけど、活動できていることで気持ちが充実しています。

さて、今日はクリスマスイブということで、キリスト教徒がほとんどの僕の村では1年で1番の盛り上がりを見せています。ちなみにクリスマスのことをフランス語ではノエルと言います。前に、若者がほとんどいない村だと書いたけど、ノエルは実家で過ごすというのが習慣らしく、多くの若者が戻ってきています。お正月を実家で過ごすという日本の習慣と似ていますね。

一昨日、首都に行ったときもそれを感じました。街はいつもより人でごったがえしていて、道路も車で渋滞だらけ。ノエルに向けて、みんな買い物したり、移動したり。12月は日本もカメルーンも師走なんですね。

それにしても、カメルーンではどのようにノエルを過ごすのか? 去年はダッシュ村から出られなかったので、世間一般の過ごし方を見るのは今年が初めて。楽しみにしていました。そして夜8時に村のバーに繰り出しビールを飲み始めたのですが、なんと1本半飲んだところでまさかのダウン。むちゃくちゃ酔いが回ってしまい、そのまま家に帰って寝てしまいました。その時、夜の10時。村は徐々に人が出始めて、活気が沸いてきだしたところでした。

そして夜中の3時に目が覚めました。外のバーからは大音量のディスコ音楽や人の笑い声や叫び声も聞こえます。相変わらず盛り上がっているようです。でも、おそらく0時前後にやってきた一番盛り上がりを見事に見過ごしてしまいました。ちょっぴり残念無念です。

まあでも大体どう過ごすしたのか予想はできました。みんなで飲んで踊って騒いで、こんな感じで過ごしたのでしょう。飲んでしゃべって踊る、何もない村での最大の娯楽です。
posted by まっつん at 23:59| Comment(0) | 協力隊 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月23日

帰国まで半年で帰国後どうする?(Qu'est-ce que je vais faire dans la vie après avoir rentré au Japon)

カメルーンにいるのは残り半年ちょうど。そろそろ、帰国後どうしようかと考えています。

カメルーンに来る前、協力隊に来る前は、とある英会話スクールで働いていました。その前は、大学院に通っていて修士号を取りました。協力隊の応募は3度目で、学生の頃からの目標であったのと同時に、今後国際協力の世界に入っていくためのステップとしても考えていました。だから、帰国後はこの協力隊の経験を生かして国際協力の世界で働きたいと思っていました。

でも、最近考えが変わってきたのです。村に入って、村人の活動に接していくうちに、「彼らは彼らの土地に根をはって、彼らの土地のため、彼らの生活のため、彼らの地域の発展のために、毎日毎日努力して働いている。日本はどうだろう? 日本にも日本なりの問題がいっぱいある。そんな日本をよくするために働けるのって、日本人しかいないんじゃないだろうか? その地域をよくしようと思って働くのって、やっぱりその地域の人なんじゃないだろうか? そして、日本のために働くことも、立派な国際協力の一環なんじゃないか」と思うようになってきました。

そう考えると、将来は国連で働く国際公務員ではなく、地元の大阪市役所で働く地方公務員となってきます。地域開発課みたいなところで、大阪の発展のために働くのです。いいことですね。

はたまた、自分で農業を始めて人々にいい農作物を提供する。これも日本のためになりますよね。あるいは、僕の憧れですが、うどん屋を開く。もちろん、手打ちで素材にもこだわった一品です。いい食べ物を提供すると同時に、お客さんに食について考えてもらう。その事を通して地域に貢献する。これもいいですよね。 

少し話しがそれますが、昨日、カメルーンに来ている大学院博士課程の方とお会いしました。カメルーンにはちょくちょくと日本の研究者の方がいらっしゃっています。
こちら、カメルーンの研究者さんたちのホームページ↓
http://jambo.africa.kyoto-u.ac.jp/cgi-bin/CameroonFS/wiki.cgi

その方と話していて、久々に研究の世界の空気を吸って、すごく懐かしい感じがしました。大学院時代を思い出して、「日本に帰ったらあらためて博士課程からやり直すというのも選択肢の1つではあるな」と思いました。

けど、一口に研究者と言っても、中身はものすごく幅広く、奥深いです。「研究者になりたい」なんてのはナンセンスで、「なになにがしたい」という具体的なものがないとどうにもなりません。僕はインドの教育の研究をしていたけど、今はアフリカのカメルーンで一村一品のようなことをして地域開発をしています。ほとんどまったくつながりません。うーむ、難しいですね。

まあ、帰ったらとりあえずは四国のお遍路の続き(23番まで終了済)をしたいので、それをしてから考えますかね。今考えてても、分かりません。というか将来のことなどは考えてるだけでどうこうなるものでもないかもしれません。これがしたいとか、あれに憧れるとかの、気持ち的な部分も大きいですしね。それに運とか出会いとかもありますしね。

カメルーン流に、無計画にやっていくのもありかもしれません。行き当たりばったりで、でも千載一遇のチャンスを逃さずにやっていけば、何とかなるでしょう(かな?)。
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2009年12月22日

農産物展示会(Exposition des produits agricoles)

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今日はCEACの中央州代表、マダム・タタさんが関係する農産物展示会が首都で行われたので見に行ってきました。

出品は、普通の農産物から加工品まで様々。特に今、僕の興味は加工品に向いていて、ジュースやジャムをはじめ、ドライフルーツや乾燥させた野菜、肉の干物まで、様々なものがありました。

なぜ加工品かというと、カメルーンは食料の面に関しては本当に豊かで、野菜も果物も豊富にありすぎて、消化しきれずに腐っているのをよく見かけるからです。でも、常にいっぱいあるわけではなく、ある季節に増えすぎてそれを消化しきれず、またある季節には何もないということもあります。
そこで、もし加工の技術があれば、食べ物を腐らせずに保存できます。こうすれば、食べ物がありすぎる時期に保存しておいて、なくなればそれを食べればいいわけです。そしてそれをうまく販売につなげていけば、現金収入の向上にもつながります。

とにかく、いっぱいの野菜や果物を腐らせているカメルーン。それなのに「この国は貧乏だ、お金がない」というカメルーン。いやいや、「そこに落ちている果物を、資源を、なんで使わないんだ」といつも僕は言っています。

今日、展示会を見て、加工の技術はちゃんとあることが分かりました。しかもその加工品の出品者はGIC。そう、普通の住民グループです。テクニックさえあれば、僕の村でも十分可能なはず。

そう思っていたら、会場に来ていたマダム・タタさんにばったり会いました。少し近況報告などをして、そして加工品のことを聞きました。すると、「ガスのカマドなどのお金のかかるものじゃなく、村にある土のカマドでそういう干物などを加工しているGICを知っている」とのこと。そしていつでも見に来ていいと言ってくれました。帰国までに、僕の村にも加工の技術を伝えたいなと思います。
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2009年12月21日

石けん作りセミナー3回目(Troisième séminaire de la fabrication du savon)

石けんセミナーは早くも3回目。今日はレモンやアロエベラを混ぜ合わせた、いわゆる化粧石けん(Savon de toilette)作りをしました。

何も混ぜないシンプルな石けんも、オプションを加える化粧石けんも作り方の基本は同じ。ただ水の量を少しいじるだけ。例えばレモン汁200mlを加えるなら、水の量を200ml減らす、という具合にすればいいだけです。

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アロエベラを取り出す参加者。

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油と苛性ソーダ水を混ぜます。

今日もなかなかいい感じで、無事に成功した模様です。


しかし、参加者から意見も出ました。
「石けんが自分たちで作れることは分かった。でも、今後これを活動として広げていくには、もっと石けんのことを知る必要がありますよね。例えば、市販の石けんAの特徴、石けんBの特徴などを調べて、それらと自分たちが作る石けんがどう違うのか? 実際に同じ量の石けんであった場合、どちらがどれくらい長持ちするのか? などなど、もっともっと調べていかないと、石けんが作れても、あまり得にならないとかだったら、人々は手軽に買える市販の石けんを使うでしょう」というもの。

確かにそうですね。それに、僕の中でもパーム油とパーム核油の配合比率など、まだまだベストな石けんに向けて探求中でもあります。もっともっと深くやっていこうと思います。
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2009年12月20日

カメルーンで冬を感じた(J'ai senti l'hiver au Cameroun)

昨日、2人の隊員が来ましたが、僕の任地での滞在は約3時間ほど。そう、僕の家のキャパの都合で泊まれないのです。そしてその2人は「この後バチング(Batchingou)に行く」というので、全然予定していなかったけど僕も勢いで一緒に行くことにしました。バチングは去年の12月に訪れて以来2度目。ここには村落の先輩隊員が住んでいます。

しかし、このバチングが寒い寒い寒い!
しまった、忘れていた! バチングは高地だったのです。

昼間太陽が出ている間は暖かいのだけど、夜になると耳は冷たくなってくるし、手はかじかんでくるし…。勢いでバチングに来た僕はろくな防寒具もなく、本当に寒い。結局、その隊員にダウンジャケットを借りました。

でもその彼がBBQの用意をして待っていてくれて、僕らはホカホカ温もりながらおいしくいただきました。しかし、アフリカで火をたいて、ホカホカ温もる体験をするとは思っていませんでした。


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こちら、昼間に訪れたバチングの滝。
神が宿ると言われています。ものすごくきれいでした。
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2009年12月19日

任地の観光資源(Ressources touristiques au village)

今日は2人の隊員が僕の任地に遊びに来てくれました。
しかし、たいていの任地には観光できる、ちょっとした見る場所があるのですが、僕のところには正直何にもありません。ただの村なのです。

昨日、隣の家に住む1つ上の仲の良いオノレ君に相談しました。「明日友達が来るんだけど、どうしたらいいだろう? ここには何もないよ」。2人で考えた末に、「村だから村を体験してもらおう」ということで、たまたま彼の家族がカカオ畑で働くというので、カカオ収穫を見に行くことにしました。

さて、ということで今日はカカオ畑を見に行って、カカオ収穫を少し体験してもらったのですが、昨日のオノレ君との観光の話はその後も続きました。彼は言います。
「エベブダにはサナガ川がある。国道沿いでそこを通過する車の数はめちゃくちゃ多い。もし、サナガ川のほとりにレストランがあって、カヌーでも置けば、一気に大成功するんじゃないか?」と。

確かにそうですね。絶対に成功すると思います。ドライブの途中でレストランがあって、サナガ川の新鮮な魚が食べられるとあれば、それだけでかなりの人が入るでしょう。そしてついでにカヌーで川を体験するというツアーも組めば、結構いけるのではないかと思います。

しかし彼が一言、「300万フラン必要だね」。

うーん、確かに初期投資が必要です。300万か。これから残り期間でもらえる生活費を全部足しても足りません。あっ、でもそういえばカメルーン山マラソンの優勝賞金がちょうど300万フランだったはず。去年はトップと3時間差の163位だったけど、いっちょ優勝目指して走るかな?
posted by まっつん at 21:00| Comment(0) | 協力隊 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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