2009年06月30日

原爆展 à ヤウンデ(準備編)(L'exposition sur la bombe atomique à Yaoundé [Préparation])

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今月初めのバレでの原爆展に続き、明日から5日間、首都のヤウンデで原爆展が開かれます。

これは広島出身の同期隊員Kさんが中心となって準備しているイベント。このイベントのために夏休み中の小学校教諭隊員を中心半分以上の隊員が首都に集結。僕もマラリア復帰後から少し手伝いました。


<すごく協力的なカメルーン人>
このイベントを通して思ったことは、カメルーンの人は本当に協力的だなということ。特にこのイベントではそういう人にいっぱい出会いました。

カメルーンのNHKであるCRTVに訪れた時のこと。当初は原爆展の初日にテレビ取材に来てくれたらぐらいに思っていたのが、話はどんどんと進み、原爆展のPRのためにテレビとラジオに計10本ぐらいの番組に無料で出演させてもらえることになりました。普通、こんなことはありえないのですが、「我々はカメルーンの国の放送局だ。日本のJICAのボランティアがこんないいイベントをしようとしているのだから協力するのは当たり前だよ」と放送局の上の人は言ってくれました。

その他にも、元在日本カメルーン大使館で働いていた現コンサルタントのNさんや、戦争と平和コースで学ぶ大学院生など、数多くのカメルーン人が協力してくれました。


<同期Kさんの行動力>
多くの協力を得てこんなにも大きなイベントになったのには、何と言っても同期隊員Kさんの行動力・仕事力だと思います。協力してくれそうなところにはドンドンとアポを取って足を運んで交渉していく。そんなKさんのモットーは「働きたい人と働く。嫌な人とは無理に働かない。だって楽しくないから」というもの。
その結果、頼まれたからいやいや仕事をするような人はおらず、すごく熱心な人たちが集まって、みんなで大きなイベントにできたのかもしれません。Kさんの仕事の仕方は横で見ていても本当にすごいなと思いました。


<テレビとラジオに出演!>
テレビとラジオの出演スケジュールですが、原爆展開催直前の昨日と今日はまるで売れっ子タレントのよう。
例えば昨日。朝7時にテレビ局入りしてテレビに出演。その後11時にラジオ出演、昼を食べて14時からもう1度ラジオに出演、という感じ。
ということで、みんなで手分けしてテレビとラジオに出演しました。僕はテレビに1本、ラジオに3本出させてもらいました。

テレビはTam Tam Weekendという日曜お昼の番組。トークショーのような形式の番組で、隊員みんなで出演しました。

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(収録スタジオ。写真しんじ提供)

ラジオは昨日の月曜日に2本と今日1本出ました。
昨日は2本とも5分程度の出演。今日もそれぐらいかなと思っていたのですが、任地のこととかカメルーンでの生活など計25分くらいKさんと一緒に話しました。またDJの人の持って行き方がとてもうまくて、緊張せずに楽しく出演できました。(あとで村に帰った時に、このラジオを聞いていた人が意外に多く、色んな人から「ラジオ聞いたよ!」と声をかけられました!)

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(手前の頭が僕です。写真、くにさん提供。)

ということで明日から原爆展が開幕です。
posted by まっつん at 21:00| Comment(0) | 協力隊 活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月25日

熱帯熱マラリア闘病記(治療〜回復編)(Lutte contre le paludisme 2)

18日(木)
朝、筋肉注射をもう1本。そして点滴。その後は1日中連絡所で寝て過ごしました。夜からはマラリア内服薬のCoartem(下写真)を服用開始。治療の効果が出てきたのか、熱は最高39.4度で少し下がる。でも、この日は吐き気がピークで、2時間おきぐらいに胃液なり何かを吐いていました。食欲もほとんどなくて、体力はどんどん消耗していきました。

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19日(金)
前日にまだ39度台の熱が出たため、念のためもう一度病院で血液検査。そして医務室で点滴。この点滴が唯一の栄養補給という感じです。この日は、これまであまり食べられていないのと前日までの高熱で完全に疲労困ぱい。熱は38度台で推移していたけど、午後に39.1度まで上がった時には気持ちが折れて「もう死ぬ」と思いました。ただそのすぐ後に医務官より電話があり「血液検査の結果が出て、すごく治療効果が出ている」と聞いて、気持ちが復活。胃腸も医務官から処方された胃腸薬で徐々に回復していきました。


20日(土)
前日まで、汗をかいた服の洗濯、着替えの用意、シーツの交換、食事の用意、湯たんぽを作ってくれたり、吐いている時に背中をさすってもらったり、歩く時に支えてもらったり、などなど、全てのことを隊員総会後に残っていた他の隊員たちにやってもらっていました。本当に本当に助かったし、僕は寝て治療することだけに集中できました。ただそんな隊員のみんなもそれぞれの任地にいったん帰るということで、この週末は調整員さんの家で療養させてもらうことになりました。
この日は、熱は37度台で推移しました。朝に医務室で最後の点滴を打ってもらい、その後はまだ普段の1/3ぐらいしか食べられませんが、少しずつ食べる量も増えてきました。


21日(日)
この日、熱はようやく36度台へ。ただ、肝機能がダメージを受けているので、体はかなりだるいです。調整員さんの家でゆっくり静養しました。


22日(月)
大使館の医務室で最後の診察。そして無事に治療が終了しました。



さて、今週はゆっくり静養します。肝機能の復活には1週間ぐらいかかるそうなのです。そしてサバリンに代わるマラリア予防薬として「ドキシサイクリン」というのも試してみます。今までのサバリンは、飲むと翌日に頭痛がしたので飲んでいなかったのです。新しい薬での副作用の有無を見てみて、体に合いそうならこれでいく予定です。

それにしても熱帯熱マラリアは本当に苦しかったです。寒気が断続的に襲ってきて、40度の高熱が出て、ものすごい倦怠感で。おまけに吐き気まで伴って、治っても肝機能が落ちている。そして治療が遅れれば死んでしまう。とんでもない病気ですね。自分のこれまでのマラリア対策も100%完璧とは言えないし、マラリアを完全に甘く見ていました。本当に反省です。今後、絶対にならないように、健康第一ですごしたいと思います。

さて、そんなこんなで無事に(?)カメルーンでの滞在も1年を迎えようとしています。昨年の6月26日にカメルーンに着いてちょうど1年。健康でいることが一番ですね。

最後に、最初から最後まで治療してくださった医務官の先生、汗をかいた服の洗濯や食事など色々と面倒を見てくれた隊員の仲間たち、週末に泊めてくださった調整員さんはじめ事務所のスタッフの方々、本当に皆さんがいなければこんなに早く回復はしませんでした。本当に本当にありがとうございました。

(5月半ばからマラリアにかかるまでの記事は書きためてあるので、またそのうちに更新します。楽しみにしていてください。)
posted by まっつん at 06:20| Comment(11) | 協力隊 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

熱帯熱マラリア闘病記(発病〜診断編)(Lutte contre le paludisme1)

熱帯熱マラリアになってしまいました。先週の話です。めちゃくちゃ苦しかったです。


14日(日)
翌日の隊員総会のため上京。体調は良好。新しい調整員さんの着任祝いも兼ねた卓球大会がJICA事務所で行われて、僕らのペアは準優勝! なかなかがんばりました。
でも、同期隊員のしんじが首都でインフルエンザを前日に発症したばかりで、みんなマスクをして異様な光景。隊員全員、大使館の医務室にインフルエンザの予防注射を打ちに行きました。


15日(月)
隊員総会がJICA事務所で行われました。この日は朝から微妙に体がだるくて重かったです。前日の予防注射のせいかと思っていました。でも、今思えばこれはマラリアの前兆だったのでしょうか。


16日(火)
この日も朝から体がだるい。でも、特に熱はなし。同期隊員のカニさんが首都ヤウンデで原爆展を開くために奔走しており、一緒にCRTV(カメルーンのNHK)に行ったりしていました。
しかし、午後から体が熱っぽくなってきたので、隊員連絡所に帰って熱を測ると38.8度! 「やられた! インフルエンザだ!」と思いました。のど痛などの風邪の症状がなく、熱だけが上がる典型的なインフルエンザタイプの熱の上がり方。おまけにインフルエンザの潜伏期間は2日。首都に来た日にウィルスがうつって、今日発症というタイミングもちょうどいい。
すぐさま、JICA事務所に伝えて、大使館の医務室に診察へ。しかし、インフルエンザの検査では陰性。熱が出た当初は陽性反応が出ないそうです。そして念のため、近くの病院へ行き、マラリアの検査のための血液を採取してもらいました。結果が出るのは明日の午後だそうです。
点滴を打ってもらって、帰ってベッドに横になりました。でも全然汗をかかなくて、みるみる体温が上がって、この日は39.7度を記録。「インフルエンザにしては熱が上がりすぎる。まさかマラリア?」とふと頭をよぎりました。


17日(水)
朝、大使館の医務室へ。もう一度インフルエンザの検査をするも陰性。インフルエンザの可能性が消えました。そして午後。血液検査の結果が出て「熱帯熱マラリア」と診断されました。

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(マラリアの診断結果。血液1mmリットル中に1250匹いるということらしいです。)

めちゃめちゃショックでした。まさかマラリアにかかっていたとは。マラリアの潜伏期間は2週間程度。つまりその頃はちょうど任地。任地には蚊はいるけど、マラリアを媒介するハマダラ蚊はいないと思っていたのでショックでした。
医務官にすぐに筋肉注射を2本打ってもらって、帰ってすぐにベッドに横になりました。しかしだんだんと胃腸の調子が落ちてきて、水と食べ物も入りにくくなってきました。熱もちょっと下がっては上がっての繰り返しで常に39度台。夜中には最高40度を記録。夜もほとんど眠れず、苦しい一晩でした。
posted by まっつん at 02:34| Comment(4) | 協力隊 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月06日

原爆展 à Baré(L'exposition sur la bombe atomique à Baré)

バレは僕の任地から約6時間かかる西の村。
このバレの放送局で働く同期隊員のKさんは広島出身で、任期中に原爆展をカメルーンで開きたいという思いがすごく強かったようで、3月ぐらいからずっと一生懸命準備をしていました。そしてようやくこの週末はバレで、来月には首都のヤウンデで原爆展を開催することになりました。

原爆や日本に対してカメルーンの人がどのような反応を示すのか興味があるし、ちょっとでもお手伝いできるかなと思って、今、僕はバレに来ています。バレ訪問は昨年12月以来2度目、約半年ぶりです。

(初訪問の記事:http://takeshi211.seesaa.net/article/112111715.html


原爆展は彼女の放送局のスペースを借りて行われています。僕が手伝えたのは1日だけだったのですが、今日の6日は地元の高校の歴史の先生なども訪れていて、見た人は何かを感じ取ってくれたんじゃないかと思います。

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そして、バレにはバレ近くの任地の隊員や、同期の他の20-1の隊員も来ています。久々のavec 日本人との飲みながらのおしゃべりもいいものでした。
posted by まっつん at 23:00| Comment(0) | 協力隊 活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月03日

テレビ持ってないの?(Tu n'a pas la télé?)

まだ前のキャンプ場に住んでいる時の話。バイクタクシーに乗っていると運転手が話しかけてきます。「夜とか暇な時は何してるの?」と。僕は、「本を読んだりギターを弾いたり」と答えました。するとその運転手は「えっ?テレビ見ないの?」と驚いた感じでした。そして、「僕は毎日テレビでDVDを見てるよ」とのこと。そして僕の生活に同情されました。

この運転手、キャンプ場の隣の村のニヤディンギの人。電気も水道も何もない集落。なのに毎日DVDとは。「負けた」と素直に思いました。生活の質とテレビの有無は関係ないと思いますが、なんか負けた感でした。村人の生活を見くびっていました。

今、僕はンゴロ村に住んで、夜は発電機が4時間ほどつきます。だから電気が4時間使えます。とても贅沢ですね。最初は一番下の人たちの生活や目線に合わせようと思っていたけど、そんな村人でも発電機を回してテレビを見ていたんですね。無理しないで僕も普通に楽しんで生活しようと思いました。
posted by まっつん at 21:00| Comment(0) | 協力隊 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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