2009年02月21日

カメルーン山マラソン当日(Le jour du Course de l'espoir [Race of hope])

ついにこの日が来ました。第14回カメルーン山マラソン。カメルーンに赴任が決まった一昨年の8月から調べていて出ようと思っていた大会。僕の中でも、そしてカメルーンの人々にとっても一大イベントです。


<カメルーン山マラソンとは>
ここでまず簡単にレースについて説明します。
1. コース
ブエアの中心にあるサッカー競技場がスタート地点。そこから町の中を山に向かって走り抜けます。そして登山道に入り4095mの頂上を目指します。スタートから頂上までの全長は約21キロです。それを往復してゴールはスタート地点の競技場です。

スタート(競技場)
↓ アスファルトの道。町の中ですが、ひたすら上り坂で約7キロ。
登山道手前(標高約1000m)
↓ 森林地帯。走れない角度の坂が増えてきます。土の道です。
第1ハット(1865m)
↓ 途中までは森林地帯。そこを抜けるとサバンナ地帯で傾斜は40度くらいです。
第2ハット(2852m)
↓ 引き続きすごい傾斜の岩道です。最大の難所。
第3ハット(3775m)
↓ ここを越えると頂上まではなだらかな坂の溶岩地帯です。でも強風で寒いです。
頂上(4095m)
↓ 来た道を降ります。
ゴール(競技場) 

2. 制限タイム
プロでない僕のような一般ランナーにとって、最大の壁が第3ハットの小屋(3775m地点)まで4時間以内という制限タイムです。ここで時間を越えてしまうと、そこまでたどり着いても失格。頂上には行かせてくれません。だからここを4時間で通過するというのが完走できるかどうかの別れ道で最大の目標と言えるでしょう。そして頂上までには5時間以内、ゴールまでは9時間が制限タイムです。
ちなみに、日本の山岳レースの最高峰、富士登山競走では8合目までに4時間、頂上までに4時間30分が制限タイムです。あの大会も完走率半分の厳しい大会ですが、このカメルーン山マラソンは制限タイムの設定度合いから言っても富士登山競走と同等以上の世界屈指の過酷なレースと言えるでしょう。

3. 年齢制限
この大会には年齢制限があります。19歳以下と35歳以上は出られません。19歳以下は子供の部で、35歳以上はベテランの部があります。これらは第1ハットぐらいまでしか行かない短いレースです。他にリレーもあります。3人1組で頂上まで往復するようです。

4. 賞金
上位5位までは賞金が出ます。1位は300万CFA。日本円で60万円。大金ですね。

5. 給水など
給水はすごくしっかりしていて、各チェックポイントだけでなく、山の中腹の何もないようなところにも係の人がいて、ミネラルウォーターをくれました。量も全く問題なかったと思います。
そしてレース前の健康診断もすごくしっかりしているし、レース後のケアもすごく丁寧でした。これはすごく安心できました。



<レースの模様>
さて、スタート前にいきなりハプニングです。スタートが朝7時なので6時に競技場に行くと、なんとほとんどみんなゼッケンをつけて、Tシャツももらっています。聞くと、昨日の真夜中に配ったそうです。僕は「ここまで来てスタートできずに失格か?」とめちゃくちゃあせりました。他にも30人くらいの人が僕と同じようにもらえてなくてみんなあせっています。そして結局、僕はスタートの5分前、6時55分にやっとゼッケンと参加賞のTシャツを入手。それからドタバタして荷物を同期隊員に預けたりしていたらいきなりスタートしていたのでスタートしました。まあまずは無事に出走できて良かったです。
ちなみに僕のゼッケンは684番。参加者は約700人ぐらいです。

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(写真かざまん提供)


先頭はやっぱりめちゃくちゃ速い! テレビでやっているプロのマラソン大会のようなレベルです。この大会、遊びじゃない、半端じゃないです。僕は当然、先頭集団にはついていけないのですが、制限タイムが相当厳しいのであとの事を考えずに僕なりに飛ばしました。競技場から登山道に入るまでの通過タイムは32分23秒でした。もうこの時点で汗だく。ふもとは暑いですね。

山に入るとまずは森林地帯。ここで順位を数えている人がいて、僕は200位ぐらい。白人(カメルーンでは黒人以外はみんな白人と言われます)ランナーはフランスやアメリカから10人ぐらい出ていたのですがその中で2位でした。そして第1ハット(標高1865m地点)の通過が1時間32分20秒。ここで通過の印として小さな布切れをシャツにつけてもらいます。

森林を抜けると岩場地帯。走れない角度の坂をひたすら登ります。そして第2ハット(標高2852m地点)の通過は2時間45分26秒でした。

コースは急な坂の岩場がひたすら続きます。ここで、次の第3ハットを制限時間内で走るために最後のクソ力を見せました。手足を使いながら足のテンポをゆるめずどんどん登ります。前のランナーも結構抜きました。白人トップを行っていたアメリカ人も抜いて白人でトップになりました。でも第3ハットがなかなか見えてきません。時計はスタートから4時間にだんだんと迫ってきます。「3時間57分、あぁ、もうだめかな…」と思って完走をあきらめかけました。そして次の岩をよじ登ると、ありました! 白い小屋、第3ハット! 時計を見ると…、なんと4時間を超えています! ダッシュで係の人のところに行き、通過の印の布をつけてもらって先に進むことができました。いやぁ、ギリギリ。というか本当は少し制限タイムを超えていたけどおまけで通らせてもらいました。通過タイムは4時間00分28秒でした。多分、僕のあと10分ぐらい遅れて来た人たちまでおまけで通過させてもらったみたいです。でもそのあとの人たちはそこで失格で帰らされたみたいですね。

さて、いよいよ頂上へ。ガクガクの足をひきずりながら最後の一踏ん張り! そしてついにいよいよ登頂! 4時間26分。登頂の印の布をつけてもらってガッツポーズをしました!

さて、次は下山です。しかしほぼ全筋力を使い切った状態で足はガクガク。踏ん張りの利かない足で最大40度の坂を降りていきます。当然何度も転倒。マンガのように思いっ切り吹っ飛びました。右ヒザを痛め、左ヒザを痛め、体はすり傷だらけ。そして頭を岩にぶつけて、僕は正直「これは死ぬ」と思いました。周りのカメルーン人は強靭な足腰でその岩場を猛スピードで飛び降りて下山します。彼ら、彼女らは本当に超人です。でも僕はタイムよりも身の安全を優先させてそおっと歩いて降りました。

そして森林地帯に入ったあたりから走れる足場になったので、再び走り出しました。町に入ると、沿道の人はもうほとんどいなかったのですけど、それでも町の人が「Courage !」と声をかけてくれました。そしてゴール。タイムは7時間49分41秒。163位でした。

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(写真かざまん提供)


走り終わったら係の人に抱きかかえられてタンカに寝かされました。そしてそこから全身がしびれ出して約30分間ほとんど動けず。なんだこりゃ? こんなの初めてでした。でも看護婦さん4人がかりで介抱してくれて(多分、後ろの方だったのでもうゴールする人があまりおらず暇だったのでしょう)、手足の傷も消毒してくれて、とても手厚い看護でした。


いやしかし、こんなきついマラソンは初めてでした。日本の富士登山競走よりもきつかったです。でもすごく充実した、満足した1日でした。ちなみに男子優勝は4時間ぐらい。女子の優勝でも5時間ぐらいだったそうです。カメルーン人、超人です。
全部で完走したのが170人くらいだったので僕は完走者の中ではだいぶ後ろの方だったけど、とにかく完走できて、そして無事に生還できて、本当に良かったです。
そして応援に来てくれた2人。仕事休んで前日から来てくれました。本当にありがとう!


<各ポイント通過タイム>
登山道手前(標高約1000m)32分23秒
第1ハット(同1865m)1時間32分20秒
第2ハット(同2852m)2時間45分26秒
第3ハット(同3775m)4時間00分28秒
頂上(同4095m)4時間26分26秒
ゴール競技場 7時間49分41秒
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2009年02月20日

カメルーン山マラソン前日(La veille du Course de l'espoir)

標高4095mのカメルーン山のふもと、ブエアに来ています。
1年に1回の大イベント前日ということで、町にもランナーが目立ちます。前日のこの日は病院で健康診断を受けました。

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多くの人が並んでいたのですけど、外国人特権みたいなのがあるのか気を使ってもらって、近くにいたアメリカ人と一緒に先に受けさせてもらいました。

このあとはゼッケンと参加賞のTシャツを受け取る予定なんですが、でもここがカメルーン。どこで何時に配布しているのか係の人も誰も知らず、「この病院で16時」、「いや、競技場で16時」、「いやいや、競技場で明日の朝4時」、「いやいやいや、町のスポーツ用品店で今晩」などなど、情報が乱れ咲きます。夕方まで病院で待っていたのですが、「どうもこの病院じゃなさそうだ」ということで待っていた人たちみんなでスタート地点の競技場に行くと、何かイベントが行われていました。そして参加賞のTシャツを着ている人がちらほら! 聞いていみると、今朝配られてなくなったとのこと。なんとまあ。。。そしてゼッケンはまだどこで配るか分からず。ということであきらめて宿に帰って食事をしました。

そうそう、この日は同期隊員のかざまんとしんじが応援のためにブエアに来てくれました。とても心強いです。そして病院で待っている途中に数多くのランナーとも出会いました。そのうち1人はブランドンというカメルーン人。フルマラソン2時間10分、ハーフマラソン1時間4分という世界レベルのプロのランナー。でもこの人でも過去に3位が最高で、記録は4時間20分だと言っていました。明日の大会、ものすごくレベルが高そうです。僕も何とか完走できるようにがんばります!

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スタート地点の競技場辺りからの撮影。
後ろにうっすら見えるのがカメルーン山。あれを往復します。
と、とおいですね…。

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2009年02月16日

しょうゆのキッコーキン?(Soysause Kikkokin ?)

首都・ヤウンデのスーパーで、日本で見慣れたしょうゆを見つけました! おっと思って手に取ってよく見ると、名前は「キッコーキン」。「キッコーマン」ではありませんでした。でも製造国タイだったので、まあまあうまいんじゃないかと思って買ってみました。

ちなみに、こちら隊員連絡所にある本物のキッコーマン(業務用)。最近、カメルーンでも売り出されたようです。

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2009年02月15日

健康料理のセミナー(Séminaire de la santé)

今日は首都のヤウンデで、配属先の活動の1つである、健康な料理のセミナーがあったので見学しに行きました。

最初は、会長がなぜ料理に気を使う必要があるのかということを約2時間、うんちくをたれます。ここは正直眠かったのですが、そのあと実際に料理を作ろうということになり、参加者15名くらいと一緒に野菜を切って料理をしました。ここはなかなか実践的で面白かったです。

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そしてできたのがサラダなど。日本だと講習を受けなくてもサラダなんて作れそうだけど、参加者の中には「トマトを生で食べたことがない」という人もいました。

首都のスーパーではサラダ用のドレッシングなど売っているのですが、首都に住んでいる人でもサラダを食べたことがないという人がいるんですね。生野菜を食べるというのはカメルーンにとっては新しい風なのでしょう。この国にはこうやって、徐々に新しい風が入ってきている途中なのだなあと思いました。
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2009年02月14日

ンゴレマコンという村(Village de Ngoulemakong)

運動会のあと、エボロワからバスで40分の村、ンゴレマコンに行きました。ここには小学校隊員が1人いて、他の隊員3人とで訪れました。

マルシェがあり、最近新しくパン屋もできたらしいんですが、メインストリートも短く小さな村です。でも人々がセカセカしていないというか、すごくのんびりなんです。例えば僕のところでは僕が歩いていると周りのバイクが集まって来て「出発するか?」っていっぱい声をかけられるのですが、ここではバイクを呼んでもめんどくさそうにして来ませんでした。たまたまかもしれないけど、でも何か南の方の人たちはのんびりしたような傾向があるように思いました。いい雰囲気の村だなと思いました。

そして、この隊員の家では手作りの食事をごちそうになって、夜まで色々としゃべりました。隊員同士のこういう経験もすごく貴重ですね。楽しかったです。
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2009年02月13日

エボロワの運動会(Fête du sport à Ebolowa)

運動会の当日。この小学校の児童数は約2000人。カメルーンでは、大きい町の小学校だったら1クラス100人とかになることもあるそうです。

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さて、JICA所長やその他のお偉いさん方のあいさつが終わり、いよいよ運動会の開始です。運動会が始まると、他の小学校教諭の隊員たちが驚き出します。というのも、子供たちがきれいに整列しているし、きれいに行進しているからです。
毎回決まった順番に並ぶ。列を乱さずに行進する。
日本では当たり前のことだけど、カメルーンでは難しいようです。でもこの学校ではきれいにできていました。

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そしていよいよ競技が始まります。初めの競技はリレー。みんなうまくバトンリレーして走ります。子供たちも大興奮です。この時、先輩村落隊員で村の小学校で運動会を企画した人が言っていたのですが、その村ではリレーの仕組みを理解できなくて、バトンをうまく渡せないし、バトンを渡しても関係なく走り続けることもあったそうです。だから何気なくリレーをしているけど、これはすごいと言っていました。

その後も、伝統のダンスをところどろこではさみながら、綱引き、棒倒し、騎馬戦、ハードル、組み体操、などなど、日本の運動会でおなじみの競技が続きました。あとで聞いた話ですが、この小学校で運動会というものが企画されたのはこれが初めてだそうです。その初めての運動会で、先生にとっても生徒にとっても初めての競技に挑戦して、ルールなどに戸惑うことなく完璧に競技をこなしていました。ここまで立派な運動会にした先輩隊員に大拍手です!!

見に来た僕らも最初は見学のつもりが、だんだんと子供たちの競技にのめり込んでいき、保護者のような気分で応援していました。そしてなにより、子供たちがめちゃくちゃ楽しそうでした。これが一番かもしれませんね。子供たちにとっていい思い出になったことと思います。

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2009年02月12日

エボロワに移動(Visite à Ebolowa)

南部州の州都、エボロワ。この町で活動している小学校教諭の先輩隊員がいます。彼は来月日本に帰国なのですが、活動の最後に運動会を企画していて、それが明日なので移動してきました。僕以外にも隊員が集まっていて、カメルーンの隊員の半分以上が来ています。

しかし遠かった。朝9時半に家を出て、ついたのは19時頃。でもエボロワは大きくてきれいな町で、当然夜も街頭がついていて町のイルミネーションがきれい。田舎から出てきた僕はショックで唖然です。

さて、この日の夜は集まった隊員と、エボロワで活動中のもう1人の隊員(幼児教育)のご両親(日本からちょうど来ているところ)とでレストランで食事をしました。カメルーンって日本からはやはり遠いし、来るのに注射とかもしなくちゃいけないしで、家族や友だちが来ることはほとんど稀です。でもこのご両親はそんな状況なのにいらして、そして息子さんの活動や現地に溶け込んだ生活の様子に本当に安心して感動されたようでした。すごくいい親孝行だなと思いました。

レストランでは食事後、僕とあと2人の計3人の2月生まれ隊員のためにケーキを用意してくれていて、ささやかな誕生日パーティーも開いてもらいました。ありがとうございます。

夜はホテルで、久々に再会した他隊員と夜遅くまで話し込みました。


エボロワ。あんまりいい写真が撮れなかったけど、こんな感じです。
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2009年02月11日

三十にして立つ(L’homme qui a 30 ans prend son indépendance.)

今日で30歳になりました。10代の時に見た30歳の人は立派な大人に見えたけど、今の自分はどうなんでしょうか? 色々と経験は積んだけど、人間としての本質はいい意味でも悪い意味でも10代の頃とあまり変わっていないような気がします。30になったからといって急に変わるわけでもなく、日々の積み重ねだなと思います。

今日は朝からずっとインドカレーを作っていました。配属先の人たちにふるまうためです。日本では誕生日の人が祝われるけど、ここでは誕生日の人が周りを招待して祝います。そして夜。まず僕が練習中のギターを弾きながら日本の曲を2曲披露して、配属先の人たちには誕生日の歌を歌ってもらい、そしてみんなでカレーを食べました。

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さて「三十にして立つ」と言いますね。辞書には「自己の見識を確立し、独立する」とあります。もうそんな歳ですよね。まだまだだけど、しっかり自分を持ってやっていきたいと思います。
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2009年02月10日

ホテル住まい??(Je vais habiter à l’hotel ?)

ンゴロで家を探しているのだけどなかなか見つかりません。そこで1つ出た案がホテル。ンゴロには1つホテルがあるのです。JICAに聞いてみると別に問題ないとのこと。そんなんもありなんですね。ということで配属先がホテルのオーナーと話してくれてホテル側もOK。そこで試しに先週末に2泊してきました。

ホテルと言ってもそこは村。電気は夜に発電機がつくのみで、水は井戸。でもセキュリティはかなりよくて、普通の一般客用の部屋ではなく、親しい人しか泊めないという特別な部屋を用意してくれていました。
部屋は広いワンルーム。夢のビリヤード台が置けそうなぐらいです(まあ置かないけど)。そして部屋の中に水浴び場とトイレもあります。今の家はトイレが外でだいぶ離れているのでこれは嬉しい。部屋はコンクリなので木造の今の家に比べて暑かったけど、でも虫が少ないのがよかったです。今の家の最大の悩みは電気・水よりも実は虫で、小さい謎の虫にかまれまくって常にかゆいのです。これがないだけでも最高!

部屋はいろいろと小さな問題点はあるけど、全体的に良かったかなと思います。1番良かったのは開放的でのんびりとした気持ちになれたこと。いつもは配属先と四六時中一緒なので、知らないうちに緊張していたのかも。とにかく1人でのんびりとできたのはとても良かったです。環境も悪くないし、できればここに住みたいなぁと思います。あとはJICAの判断しだい。お願いします!

こんな感じの部屋です。
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2009年02月09日

男の適当料理(Cuisine au hasard)

料理って一期一会みたいなものですね。とんでもないゲテモノを作ることもあるけど、何の化学反応かめちゃくちゃうまい一品もたまに出来上がります。今日の炊き込みご飯はそんな一品で、感動で泣きそうになりました〜!

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でもほんと適当なんですよね。みりんなんてないから適当に赤ワイン。塩・砂糖も適当。油も適当にごま油。野菜も腐りかけていた野菜を放り込んだだけ。でも、うまかったんです! お焦げの付き具合もちょうど良かったし。日本に帰ったかのような気分になりました。
posted by まっつん at 21:00| Comment(0) | 協力隊 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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